絵の値段





私が制作している絵画作品について、ビジネス的な視点も交えながらリアルに語ってみます。



今年に入って画家としての活動をはじめ、70点ほどの作品を制作しました。その内、販売中と販売予定のものをあわせると約40枚。


1点あたりの販売価格はおおよそ3000円ほど。

おそらく、みなさんの感覚では「高い」と思います。肌感覚としては、「日常的にポンと出せる金額」ではありません。


minneやCreema、メルカリなどのハンドメイド通販市場の中でも、少し高めの金額設定かもしれません。


しかしながら、これは美術のマーケットにおいては圧倒的に安い金額です。

理由は後ほど説明します。


絵画の値段は、画家自身が「号数」で決めるのが伝統的です。

仲介してくれる画廊や画商に半額程度(ケースバイケース)のマージンを支払い、残額を手にすることができます。画家はそのお金で生活費と経費の全てを賄っていきます。


鋭い方は、「それだけで食っていくのは厳しいだろう」とお思いかもしれません。まったくその通りで、現代日本において駆け出しの画家のほとんどは、お金の為にバイトや教職を画業とかけもちしたりします。駆け出しの役者さんや芸人さんと似たようなものです。


ただしそれは一般論で、私には教員免許もなく、おまけに精神疾患がまだ寛解しておりません。


はっきり言いますが、前職は「創作活動のための費用を稼ぐためのバイト感覚」でした。なので、歳と社歴を重ねるごとに意識高い系の皆様方から叩かれるようになり、結果的にメンタルがイカれてしまいました。

自分なりに精一杯やっていましたが、潮時だったと思っています。



絵の値段の話に戻します。


いくらが相場なの?とよく聞かれますが、「強いて言うなら号1万円くらい」と答えます。日本のアート市場はどちらかといえばブルーオーシャン的な性質があり、特に相場らしい相場がありません。あるのかもしれませんが、それは全体ではなく限定的な界隈の話だと思います。


逆に、イラストや漫画、グラフィックデザインやWEBデザインなどの業界は、各社・各作家が価格競争にしのぎを削るレッドオーシャンだといえます。

ただし、これらの世界には、アートすなわち作品創り(製品製造ではない)の性質を継承している側面があります。クリエイティブとプロダクティブのはざまにふんわりと浮かんでいるようなイメージです。

レッドオーシャンとブルーオーシャンはすこぶる相性が悪く、そのためお金の問題が起こりやすいと思います。


原稿料を適正に!作家の権利を明確に!というムーブメントは、漫画業界で実際に起こっています。

佐藤秀峰先生が有名かと思われます。


また、「タダで絵描いてよ案件は絶対に受けるな」というミームが端的に示すように、「クリエイティブなお仕事に対する適正価格を見直すべきだ」という風潮がオンライン上に根強く存在しています。



仮に「1号1万円」という相場を適用したとします。


私の作品は、号数換算すると平均で「2号」程度になります。B5サイズ(257×182mm)の水彩紙に描くことが多く、最も近いのがF2号(240×190mm)という規格です。


つまり、もし売りたい絵が全部売れたとしたら、売上高はこうなります。


1万(円)× 2(号)× 40(点)= 80万(円)


個人で月産80万円だとしたら、数字だけ見ればボロい商売です。

でも、全然そんなことないです。 絵とはそもそも、売れないものなのです。 思い通りには。

今年に入って売れた絵は、1枚だけです。

「売上高」という言葉を使いましたが、その実態は「買上高」です。

お買い上げいただいた結果としての金額です。


お買い上げいただくために何をするか。

営業します。広告宣伝します。

それにはお金が必要です。

人件費、交通費、出張費、広告宣伝費…(11年半死にもの狂いで会社勤めをしたおかげで、このへんの理屈は肌で知ることができました)


広告宣伝で認知度の向上をはかり、対面やビデオ通話、メールなどによる営業で信頼関係を作ります。それにどこまで投資するか?

前の会社に、当該部署のことを「金喰い虫」と言う人がいました。必要不可欠な投資だとは思っていなかったのでしょう。


実際、営業レス / 広告レスなビジネスも存在します。営業経費や広告宣伝費を最小化した分「いいものを安く」でブルーオーシャンにたどりついたという感じの企業事例は、ビジネス関係の記事でよく目にします。

ですが、ブルーオーシャンは決して安住の地ではありません。海流は気まぐれなもので、内外の様々な要因であっという間にレッドオーシャン化します。


次のブルーオーシャンを創出し続けるような取り組みが必要不可欠です。現状維持はすなわち停滞です。(この言葉の表面だけしか見えてないと迷走しますが)



現在販売中の私の絵は「1号1500円」です。

「1号1万円」の約7分の1、85%OFFという、破格の安さです。

それでも一般消費者の肌感覚では「高い」、それが現実です。

ただし、美術愛好家の感覚では、逆に安すぎるのかもしれません。この間まで学生だったような駆け出しの画家でも、1号数千円はくだらなかったりします。


問題は、私がそのような気前のいい愛好家を知らないことです。これを(政治経済の構造の問題にすり替えることなく)自分の問題として改善していくことも画家のミッションだと思うのです。


高くても売れるような策を講じるとか、そんなタイプの話でもない気がします。

作品を売るというのは、極端に言えば娘を嫁がせるような、少なくとも畑で育てた作物を出荷するような、そんなメンタリティでなされる行為です。


そう考えた時に、今の値段はどうなのか?


3000円ぽっちで娘を嫁がせる親がどこにいるんだ!

結納に金だけいくら出されても、娘の代わりにはならん!


そんな風にも思えてきます。

我ながら何でこんなちゃぶ台ひっくり返す勢いなのか分かりません。星一徹か。

余談ですが、星一徹は初登場時33才だったそうです。

年下。



「売上高は買上高」それは真理です。

ただし、売買契約の重みは、業態によりけりです。


巷のスーパーや雑貨屋と、高級アパレル店と、不動産屋であれば、一度の売買契約(「レジを通す」ことを含む)で動く金額が文字通り桁違いです。


少なくとも、「絵を買う」行為とスーパーで「卵を買う」行為とは種類が違います。かたや自分が心底愛した作品(あるいは作家)だけにドンと出資し、購入後の維持管理も厭わない。かたや(大好物かも知れないし高級品かもしれないが)料理の素材となって腹に入れば終わり。


絵を買うのは、家を買うのに近い行為だと思います。


発音も近いですが、メンタリティも近いと思うのです。

購入に至るまでの心理的プロセス、衣食住の「住」に関わる点。

だとしたら、価格に関してもそうあるべきなのかもしれません。



世の中には、1号あたり1万円、2万円、はたまた10万円という絵の大家もいらっしゃいます。学生時代、そんな先生が講義にお見えになったこともあります。


そんな方々と私の決定的な差は、画家としての経歴、受賞歴です。

人は絵を買うのではなく、画家の「箔」を買う、なんて話もあります。すなわちネームバリューや受賞歴ですね。モンドセレクション金賞的な。


伝統的な画壇に全く興味がなく、ひたすらデッサンをし、スケッチブックを線で埋め、キャンバスを睨んでいただけの学生時代。


生活費のために、ドロップアウトするまで働いた会社員時代。

からの今。








そうだ、公募展出そう。



まずは熊本市民美術展、熊本県美展を目標にします。

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