油絵と私


私が油絵を初めて描いてから20年が経つ。初期の作品は今見ても不出来なものが多いのであまり公開することはないが、捨てずに保管している。有り体に言えば思念や魂といったものが乗り移っており、作品のほうが捨てられることをよしとしないともいえる。


画業を重ねるごとに「型」が少しずつ整理され、また限られた時間の中で作品制作しているためか、自分の魂を入れ込むほどのエネルギーを費やすことが減ってきた。時間をかければいい絵ができるとも限らないのだが、作品に込められた熱量は純粋美術における評価点の一つだったりする。(デザインはソリューションの世界なのでまた別の話になる)


そんな私の画業のルーツである油絵について少し書いていくことにする。



油絵の乾燥について


油絵具を使うイラストレーターは少数派だ。よほど高単価の仕事ができる人でない限り、別の画材を使うだろう。


なぜなら、油絵具は乾燥が遅いからだ。表面の乾燥に1週間、完全な乾燥まで1ヶ月から半年を要する。


画家は乾燥するまでの間、数日かけてキャンバスの上で絵具をこねくり回したり、布で拭き取ったりしながら、描写に最善を尽くすのである。


この場合の乾燥とは「酸化重合」を意味する。 空気中の酸素と化合し、油脂が固まってプラスチック状になることだ。

「油絵を早く乾かすのにドライヤーを使う」というのは美術クラスタお馴染みの笑い話である。水分を飛ばしても油絵具には変化がない。(水可溶性油絵具というものがあるが、乾燥の原理は通常の油絵具と同様)



産業との齟齬


私は大学で油絵をはじめとした西洋画を専攻していたが、印刷会社に就職し、製造業特有の「安く、早く、大量に」志向に面食らった。

製造業は、そのほとんどが産業革命以降に普及した労働集約型産業によって成り立っている。かたや絵画というのはハンドメイド、手工業つまり産業革命以前の生産体制である。私は就職を機に、認知のタイムスリップを余儀なくされた。


絵画やイラストに使用される画材は、マーカーやアクリル絵具などの速乾性のもの、または乾燥という概念を取り払ったデジタルツールが一般的である。印刷業界においても、乾燥に丸1日以上を要するような従来の油性印刷ではなく、UV印刷という速乾性の印刷方式が普及している。


「安く、早く、大量に」それは高価な画材を使い、時間をかけて一点ものの作品に精魂を込める油絵とは一線を画す考え方である。


言ってみれば「金をかけて、じっくり、選択と集中」である。

日本企業においては、体力のある大企業の商品開発・研究開発部門か、確実に採算が取れるような事業でなければ、まず許されない。



そんなに早く乾かしたけりゃ


油彩にも速乾のための技法は数多く存在する。油絵具にはリンシードオイルなどの溶き油を混ぜて使うが、そこに揮発性のテレピン油や、酸化重合を促す特殊な速乾性メディウムを混ぜ、絵具の固着を早めるのである。(また、初めから速乾性の溶き油として調合された製品も存在する)

それでも表面の乾燥には1日から数日かかる。

急いでいるからといって、速乾性の画溶液は使いすぎも禁物である。急速な化学反応を起こすために、使いすぎると画面表層のひび割れ・シワ、あるいは色調の変化など、予期しない結果をもたらす場合がある。


単純に制作時間を短縮したいのであれば「アクリル絵具を使って油絵風に描く」という選択をする方が賢明である。アクリル絵具は水溶性で、極めて乾燥が早く、速乾のために敢えて画溶液を使う必要はない。むしろ乾燥を遅らせるためのリターダー、乾いて固着してしまった絵具を溶かすリムーバーを必需品としている画家もいるほどだ。



クリエイティブ業界の事情


「安く、早く、大量に」描かねばならない、昨今のイラスト市場の事情。発注者の無理解とイラストレーターの戦略不足がもたらした「金にならない構造」。イラスト業界だけではない、アニメーターもデザイナーもライターも、買い叩かれることからいかに身を守るかを真剣に考えねばならない。下手をすれば生活できないほど少ない賃金、それに見合わぬ激務にあえぎ、若手が心身を壊す世界。プロでさえ作品を適正価格で流通させることに難儀する世界。基本的に誰も何も担保してくれず、自己責任論が絶えない世界。


色々な意味で夢がある世界でもある。しかし、お金に関してはシビアすぎるくらいシビアに、多少がめついくらいでなければ、まず生計を立てるのは無理である。



油絵とはスローライフである


油絵を描くようにゆっくりじっくり作品に向かうことは、特権階級にしか許されない贅沢などではない。いや、階級闘争の話がしたいのではない。


私は「油絵を描くという行為は、スローライフのシンボルだ」と考えている。


言い換えれば、油絵の制作時間は、自分の体をいたわるリラクゼーションであったり、時間をかけて味わって食事をすることであったり、気のおけない友人との会話であったり、そういう「ゆっくりとした時間」に置き換えることができるということだ。


私は油絵具からアクリル絵具に画材を鞍替えした。それには様々な理由があるのだが、時にはまた油絵を描いてみたいと思う。それは必ずしも油絵を描くことそのものを意味しない。つまり「行為」を所望しているのではなくて、ゆったりした時間の流れに身を委ね、時間をかけて何かしらの対象に向き合うことを望んでいるのだ。


食い扶持を稼ぐためでなく、言わば己の魂の救済のために。

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